当分野では、遺伝子治療と再生医療を中心とした生命科学研究とバイオ技術開発を行っており、その成果の産業・臨床応用化も目指しています。本年から、First-in-Humanの医師主導治験を開始しました。
下記の様な幅広い研究テーマに、ウイルスベクターやヒトES/iPS細胞などの特殊技術に加え、分子細胞生物学、形態学、前臨床動物実験などの研究手法を用いて取り組んでいます。また、学内・学外(国内外)との共同研究も進めております。熱意のある若手研究者(大学院生、ポストドク)に対しては、文科省「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」等での海外一流施設への留学、あるいは特任研究員併任など経済的援助とキャリアパス支援も行っています。
Project1 癌遺伝子・ウイルス治療の研究
(がん基礎研究と独自のベクター開発から、医師主導治験による実用化へ)
癌細胞のみを殺傷治療する「多因子による癌特異的増殖制御型アデノウイルス(m-CRA)」という組換えウイルス技術を独自開発(Gene Ther 2005、日米欧特許取得)し、がんでの独創的研究と革新的治療法開発を行っています。文部科研、厚労科研「第3次対がん」(H16-25)で基盤研究を、JST「大学発ベンチャー事業」(H19-21)で実用化研究を、さらに厚労科研「がん対策」(H24-26)、文科省「橋渡し」(H26)で非臨床研究を進めました。その成果を評価され、医療研究開発機構(AMED):「革新がん」(H27-29)と「橋渡し」(H27)にて、第一弾医薬のSurv.m-CRA(Cancer Res 2005、Cancer Gene Ther 2011、日米特許取得)は世界初
の医師主導治験を本学(整形外科)で2016年度開始しています。全国紙報道の「本邦発の革新的な医薬・医療の開発と実用化」の期待に応えたいと思っています。
さらに優れた革新的がん治療法を開発するため、基礎研究はさらに精力的に進めています。「がん幹細胞を治療する技術開発」(J Tnras Med 2014, 日本遺伝子治療学会2014年Award)、「転移性がんを含むがんの制圧に繋がる免疫を導入した新規の遺伝子・ウイルス治療の開発」など、種々の新しい挑戦的研究を行っています。また別の革新的がん治療技術として期待されるCAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)の先駆施設の米国ベイラー医科大学と国際共同研究(文科省頭脳循環プロジェクトで大学院生が留学中)で、新たながん治療技術の開発を試みようとしています。遺伝子・ウイルス治療薬は2015年10月に米国でAmgen社から世界初の承認が出て、世界的には本分野全体が革新的ながん治療薬の有力候補として注目されています(実験医学2016年1月号の拙著もご参照下さい)
下記 アップデートしました。
腫瘍溶解性ウイルス(OV)治療は、革新的がん治療薬として世界的に開発が期待されていますが、承認薬は未だ世界でも一例というように、全てに極めて高い高度専門性が要求される最先端医療技術です。研究代表者(小戝)は従来のOVの性能を凌ぐ「多因子によるがん特異的増殖制御型アデノウイルス(m-CRA)」作製法を独自開発し、医薬実用化の開発研究まで自身等で進めてきました。第一弾のSurvivin反応生m-CRA(Surv.m-CRA-1)は、競合技術の性能を凌ぎ、従来技術が無効のがん幹細胞まで効果的に治療可能などの革新的治療作用を持つことを、基礎研究で示しました。種々の大型競争的研究に採択され、グローバル基準での非臨床開発(GMP製造、GLP非臨床試験、規制対応)も進めてきました。本学で実施したFirst-In-Human(患者さんへ世界初の投与)の医師主導治験第Ⅰ相を令和2年度に終了し、高い安全性と有望な有効性のデータも得られています。令和3年度AMED革新がん事業に新規採択され、「世界初の骨腫瘍での承認を目指した本邦発OVの医師主導治験第Ⅱ相」を開始しました。また膵がんへの医師主導治験第Ⅰ/Ⅱ相も、AMED橋渡し事業シーズCで実施中です。転移がんを効果的に治療する第二弾のSurv.m-CRA-2も、非臨床開発中です。さらに革新的ながん免疫治療となる、複数の「次世代m-CRA」の基礎研究開発も進めています。「世界初の革新的な医薬開発・実用化」を目指す本プロジェクトは、多くの競争的大型研究費の取得実績のように、極めて高い学術的・社会的な意義・価値が認められています。これらの成果は、本学発の先端医療シーズを実用化まで切れ目なく開発支援する「南九州先端医療開発センター」の整備にも、貢献しています。
Project2 再生医療の革新技術開発
三つの挑戦的なプロジェクトに取り組んでいます。
I. 細胞治療〜ES/iPS細胞で目的細胞を創出
ES/iPS細胞の腫瘍化阻止のウイルスベクター技術の開発
ヒト多能性幹細胞(ES細胞・iPS細胞)を用いた再生医療において、安全な臨床応用のためには、腫瘍化の完全阻止を行うための技術開発が最重要課題です。これまでの間接的な腫瘍化抑制戦略では、危険性は減少しますが、腫瘍化の完全阻止は困難です。そこで我々の研究室では、これまでの間接的な抑制法とは一線を画す技術として、独自に開発したウイルスベクターにより腫瘍化原因細胞を直接、殺傷・除去して腫瘍化を阻止するという新しい戦略の技術開発に取り組み、次のようなそれぞれ異なる三つのアプローチを用いて開発してきました (Mitsui K. Kosai K. et al Mol Ther Methods Clin Dev. 2017 Review)。
① 目的細胞の単離技術—Adenoviral Conditional Targeting in Stem Cell (ACT-SC法)
1つ目のアプローチは、多能性幹細胞から誘導された目的細胞を確実に単離・純化する新技術です。2006年に米国遺伝子細胞治療学会の学会誌「Molecular Therapy」で、非増殖型アデノウイルスベクターを用いた多能性幹細胞からの目的細胞の単離技術(Adenoviral Conditional Targeting in Stem Cell: ACT-SC法)を発表しました(Takahashi T, Kosai K et al. Mol Ther 2006 [Cover & News])。ACT-SC法では、二種類のアデノウイルスベクターを用いて目的細胞の可視化を行っています。発現調節アデノウイルスベクターは、目的細胞で発現している遺伝子プロモーターに依存してCreリコンビナーゼ遺伝子を発現します。レポーターアデノウイルスベクターは、Creにより遺伝子の発現切換が起こり、CAプロモーター下でEGFPの発現が誘導されます。Creはごく微量であっても機能することから、ACT-SC法では、活性の弱い組織特異的プロモーターでも十分機能目的分化細胞を可視化することができ、いかなる目的細胞でも単離・純化を行うことができます。目的細胞だけを移植できることによる治療効果の向上だけでなく、腫瘍化原因細胞を除去することでの安全性の向上が期待できます。
②制限増殖型アデノウイルスベクターm-CRA技術による腫瘍化原因細胞の殺傷
2つ目のアプローチが、上記のがん治療用に開発したm-CRA技術を応用することで「多能性幹細胞の腫瘍化原因細胞(未分化細胞、がん化細胞)を標的治療する新技術」を開発できるのではないかと発想し、技術開発に成功した(Mitsui K, Kosai K. et al. Mol Ther Methods Clin Dev 2015)というもので、掲載された米国遺伝子細胞治療学会Official JournalのFeatured Article(特筆すべき論文)に選ばれ、Editorialでも重要性を取り上げられました。m-CRAはがん細胞のみならず未分化なヒト多能性幹細胞に対しても強い殺傷効果を示す一方で、ヒト多能性幹細胞由来の分化細胞や正常分化細胞には、感染はするものの殺傷効果はほとんど示しませんでした。さらにマウスを用いたin vivo移植実験でもm-CRA感染により奇形腫形成を完全に阻止することができました。このことから、m-CRAは分化細胞中に残っている未分化多能性幹細胞(=腫瘍化原因細胞)を、直接かつ特異的にターゲットとして殺傷することができることが判りました。このように、腫瘍化原因細胞内でのみ増殖し、細胞を殺傷する遺伝子組換えウイルス技術を用いた「多能性幹細胞の腫瘍化原因細胞の除去技術」は、世界初の報告であり、今後、m-CRAに搭載する治療遺伝子を検討することで、腫瘍化原因細胞への殺傷性・特異性をより向上することが期待されています。
③腫瘍化細胞を特異的に同定・殺傷するレンチウイルスベクター(Tumorigenic Cell-targeting Lentiviral Vectors: TC-LVs)の開発
私達は、直接的な腫瘍化阻止に最も重要なのは、腫瘍化原因細胞のみを特定し、特異的に殺傷・除去することであると考え、3つ目のアプローチとして、腫瘍化原因細胞に特異性の高い複数候補の遺伝子・プロモーターの網羅的解析を行い、さらに殺傷を薬剤選択的にコントロール可能なシステムの確立をめざし、独自技術であるTC-LVsの開発に成功しました(Ide K. Kosai K. et al. Stem Cells 2017)。この技術も掲載された国際ジャーナルStem Cells誌で、Featured Article(特筆すべき論文)として取り上げられました。TC-LVsは、可視化のための蛍光タンパク質と細胞殺傷のための自殺遺伝子の二つの遺伝子を同時に発現させることが可能です。さらに今回の技術における特筆すべき工夫は、最適の腫瘍化原因細胞標的プロモーターの網羅的解析・同定ができるよう、候補となる発現制御プロモーターを簡単に搭載できるような、迅速効率的な作製法を開発したことです。直接的な腫瘍化阻止のためには、未分化細胞あるいは腫瘍化細胞だけを厳密に特異化する「特異性」と、可視化や自殺遺伝子を十分機能させるためのプロモーター「活性」の両者を備え持つものが必要ですが、そのようなレベルでの解析はこれまで報告がありません。そこで私達はTC-LVsの基盤を確立し、さらに発現条件の異なるプロモーターを挿入したTC-LVsにより、生体内外における腫瘍特異的な殺傷効果を実証しました。このTC-LVs技術を用いる事で、最適な腫瘍化標的プロモーターの網羅的解析・同定が可能となり、さらに最終的に同定した最適の腫瘍化原因細胞標的プロモーターを搭載したTC-LVsは多能性幹細胞の腫瘍化原因細胞を特異的に同定・可視化し殺傷する最適のツールとなることが期待されます。さらに、本システムは、移植後にもし腫瘍化が起こってしまった場合でも、腫瘍細胞を除去できる安全策(safeguard)としての機能もあわせ持っています。臨床応用に使用するマスターセルバンクと本システムとを組み合わせることにより、より安全な細胞移植療法を推進することが可能になります。
これまでの従来の残存未分化細胞の混在を減らすという間接的な戦略に加え、腫瘍化原因細胞を直接・特異的に殺傷除去する私達の新技術により、ヒト多能性幹細胞による再生医療の臨床応用が大きく進展することが期待されます。
CRISPR/CasでのES/iPS細胞への遺伝子挿入技術の開発
最先端バイオ技術のゲノムエディティング技術で、ES/iPS細胞への安全な遺伝子構築挿入技術開発という挑戦的研究に取り組んでいます。
II. Direct reprogramingの開発
別の細胞種から目的細胞を直接創出するDirect reprogramingは、iPS細胞の次の世代の再生医療技術として注目されています。独自開発のATC-SC法(Mol Ther 2005; Cover & News, 国内特許取得)での網羅的遺伝子解析により、心筋細胞への効率的なDirect reprograming法の開発の研究を行っています。
III. HB-EGF(ヘパリン結合EGF様増殖因子)などによる生体内再生治療
急性肝炎や予後不良の劇症肝炎も含め、難治性肝疾患への既存の医薬は「対症療法」に過ぎません(あくまで肝炎ウイルス増殖抑制などの間接作用で、肝臓自体の直接治療ではありません)。理想的な肝疾患の根治医薬は、①病気の進展(細胞死)を止める「肝保護作用」と同時に、②生体内で肝臓を再生治癒する「肝再生促進作用」の両作用を強力に誘導できることが必要です。しかし、未だこのような既存医薬は存在していません。我々は、まず、HGF(肝細胞増殖因子)が肝細胞に両作用を強力に誘導し、致死性の劇症肝炎までも効果的に治療できることを初めて見出しました(特許出願、BBRC 1998, Hepatology 1999& Editorial)。
さらに、我々は、優れた新規物質としてHB-EGF(ヘパリン結合性EGF様増殖因子)を見出しました。HB-EGFは、「肝保護作用」と「肝再生促進作用」の両作用ともHGFよりも強力です。難治性肝疾患において、肝細胞の細胞死を止め、同時に生体内で再生する「HB-EGFの実用化」を目指し、AMED橋渡し研究等を進めています。
Project3 独創的分子生物学で新しい治療法の開発へ
CD9の研究
生体機能が未知だった膜4回貫通蛋白質のCD9の受精における作用(Science 2000)、血管新生誘導作用(BBRC 2011) など、重要な生体内機能を発見し、医療応用を目指しています。
MeCP2の研究
遺伝子改変マウスやES細胞分化系の新手法で、エピジェネティックのMeCP2分子のグリア分化抑制機能(Brain Res 2010)、呼吸に関する自律神経調節機能(Sci Rep. 2017)、他臓器の新機能(Sci Rep 2014)など、分子機能解明の研究に取り組んでいます。