皮膚科の研究紹介

基礎医学研究が臨床現場での成果に繋がる

皮膚科は臨床教室ですが、臨床研究であってもそれを遂行するためには基礎医学研究の知識と経験が不可欠です。臨床医を目指す人も一度は基礎研究を経験することをお勧めします。

基礎研究を経験すると疾患を観る目が変わります。神崎教授は大学院でブタの心筋のピルビン酸代謝に関する研究をされ、その後癌細胞株の樹立など生化学的、細胞生物学的研究を進めておられました。

そのような背景を持った神崎先生のもとへ、ある日、被角血管腫の患者さんが受診されました。『ファブリー病のようだが何かが違う』と感じた神崎先生の好奇心に火が点きました。そしてそれまでに修得されていた基礎医学的経験と知識を総動員してこの症例と家系を徹底的に追求し、臨床症状の異常から電顕的形態の異常、酵素活性の異常そして遺伝子の異常まで解明し Kanzaki disease という疾患概念を確立されました。臨床医の視点と基礎医学の知識が見事に融合・結実した例です。

神崎教授が主宰される鹿児島大学皮膚科では基礎医学研究を大いに奨励しています。

 

医局員それぞれの興味を基礎にした研究を奨励

さて、一つの教室が研究を推進するやり方には二通りあります。一つは教室のテーマを決めて全員がそのテーマに沿った研究をする方法、もう一つはそのようなメインテーマは設定せずに、個人の興味に応じたテーマで研究をする方法です。

多くの基礎教室では前者の方法を取り入れています。基礎の研究室には、そこで行われている研究をやりたい研究者が各地から集まってきます。その集団の構成メンバーはほぼ同じ目的を持って同じ方向を向いて研究を進めます。

一方、臨床教室の構成メンバーは千差万別です。基礎研究と臨床研究をクロスオーバーさせながら研究したい人と徹底的に臨床を極めたい人、あるいは研究機関で研究を続けたい人と開業して自分のオフィスを持ちたい人などなどです。言わばいろんな人が乗り合わせる乗り合いバスのようなものです。

また、私たち臨床医は患者さんを診察しますが、私たちが遭遇する疾患を予想することは勿論できません。予期せぬ研究テーマの卵が前触れもなしに向こうから飛び込んで来るわけです。

このような臨床の状況を考えると、一つのテーマを決めてしまうのは賢明な方法とは思えません。疾患を含めたいろいろな臨床材料にフレキシブルに対応して研究を展開すべきでしょう。

このような理由で鹿児島大学皮膚科ではメインテーマは掲げていません。しかし何もなくては研究が始まりませんのでいくつかの核はあります。それはスタッフが実績を積み重ねてきた研究です。それを紹介します。

 

研究対象は遺伝性代謝性疾患から細胞内情報伝達まで

まず、Kanzaki disease を核とする遺伝性代謝性疾患に関する研究です。現在は Kanzaki diseaseだけでなく関連疾患まで対象を拡げて研究が行なわれています。この研究では電顕の手技、血中・尿中の酵素活性測定などの生化学的手技、遺伝子異常の検索などの分子生物学的手技を学びます。

次に細胞内情報伝達に関する研究です。プロスタグランディンは炎症の重要なメディエーターですが、このプロスタグランディンを産生する酵素はサイクロオキシゲナーゼ (COX) です。熱がある時やどこかが痛い時には解熱鎮痛剤を飲みますが、解熱鎮痛剤は COX の働きを抑えます。

私たちは COX が発癌とも関係していることに注目しています。皮膚癌では COX が正常よりも大量に発現しており、癌細胞の増殖を促進していることを、分子生物学的手法を用いて明らかにしました。現在は皮膚癌で COX の発現がどうして亢進しているのか、そのメカニズムを研究しています。この研究では、細胞培養などの細胞生物学的手技、ウェスタンブロッティング、ノーザンブロッティング、ゲルシフト、プロテインキナーゼ活性の測定、遺伝子の細胞内導入(トランスフェクション)などの分子細胞生物学的手技を学びます。

Basigin/CD147という分子に関する研究も行なっています。これは筆者らが分化に関与する遺伝子としてクローニングした分子で、鹿児島大学オリジナルのものです。現在はベイシジンと皮膚の発生・分化の関係、腫瘍の浸潤におけるベイシジンの役割などについて研究を進めています。この研究でも分子細胞生物学的手技を広く学ぶことができます。

遺伝子異常の解析も大切な核の一つです。これは遺伝子診断という臨床的意義と、遺伝子異常と形態・機能の異常の相関を解明するという学問的意義を内包した重要な研究です。

これまでにX関連外胚葉形成異常症、葉状魚鱗癬、先天性爪甲肥厚症、骨髄性プロトポルフィリン症について遺伝子異常を解析してきました。この研究では核酸の抽出、cDNA の作製、シークエンシングなどの分子生物学的手技を学びます。

以上は皮膚科が中心となって行なっている研究ですが、これらの研究を進めるためには基礎医学教室との協力は不可欠です。また、これら以外にも細胞生物構造学(旧第二解剖学)、分子病態生化学(旧第一生化学)、分子機能生物学(旧第二生化学)、人体がん病理学(旧第二病理学)、免疫病態制御学(旧医動物学)、分子腫瘍学(旧腫瘍研)、血管代謝病態解析学(旧臨床検査医学)、難治ウィルス病態制御研究センター抗ウィルス化学療法分野、分子ウィルス感染研究分野など多くの基礎医学教室との共同研究も積極的に推進しています。その成果はすべて quality journal に報告します。このホームページの『業績』を参照して下さい。

 

自由にテーマを設定して臨床に寄与する研究を

さて鹿児島大学皮膚科教室の研究を紹介してきましたが、決して Kanzaki disease や 外胚葉形成異常症を研究しろ、というわけではありません。これらの疾患に関する研究はあくまでも基礎研究の知識と手技を修得するための手段です。そこで体得したものを基に自由に研究を展開して下さい。大学院で研究し学位を得ることは最終目標ではなく、研究者としてのスタートなのです。Kanzaki diseaseは卓越した業績の一例ですが、これを目標に大学院で得た経験を基に臨床研究に臨んで欲しいと思います。

基礎医学研究は最終的には臨床に寄与すべきで、本来基礎と臨床の境界などあるはずもありません。臨床と基礎を併行して研究する学問、それが皮膚科です。そして前触れもなく飛び込んでくる研究テーマの卵を孵せるかどうか、それは偏に努力と経験と好奇心に懸かっています。

(文責 金蔵拓郎)