研究室の近況
当教室では上村裕一第3代教授の「安全な麻酔」という信念のもと、各教室員が自由にのびのびと研究に取り組むことができる環境が整っており、松永明現教授の下でも同じ環境が維持されています。研究は、大学病院の使命である「教育・臨床・研究」という3本柱の一つです。当教室開講50周年記念式典(2019年)で吉村望第2代教授がお話しされた「どんなに忙しくても教育に手を抜いてはいけない,診療の面で他科の信頼を失わないこと,そして片時でも研究の灯を消してはならない」という吉武潤一初代教授のお言葉を守っています。
当教室では臨床研究・基礎研究ともに力を入れています。臨床研究では単施設ランダム化試験や観察研究を行っています。大学内で疫学・予防医学教室や放射線診断治療学教室、整形外科学教室のご協力をいただき、臨床研究の質を高めています。複数名のスタッフが科研費を取得し、基礎研究を行っています。また大学院生は統合分子生理学教室や生化学・分子生物学教室で麻酔・ペインクリニックに関連した基礎研究をご指導いただいています。また海外留学も可能で、近年ではJohns Hopkins大学や Columbia大学やMiami大学(いずれも米国)に留学実績があります。
臨床研究
1.灌流指標を⽤いた術中循環管理の検討 (ランダム化試験)(五代 幸平)
近年、手術中の循環管理において心拍出量や平均血圧などの目標値を維持する目標志向型循環管理が主流となってきています。心拍出量を測定するには肺動脈カテーテルや動脈圧波形解析が必要です。この研究ではより簡易に測定可能なパルスオキシメータでの灌流指標(拍動成分と非拍動成分の比)を用いて、目標志向型循環管理を行いました。そして組織低灌流で増加する乳酸値を比較しました。術中低血圧時間や輸液量は減少しましたが、灌流指標を⽤いた目標志向型循環管理では乳酸値に変化はありませんでした。本研究はネガティブな結果でしたが、より良い術中循環管理への1研究として、エビデンスレベルの高いメタアナリシスにも含まれています(Br J Anaesth. 2022; 128: 416-33. PMID: 34916049)。
発表論文
・The effects of hemodynamic management using the trend of the perfusion index and pulse pressure variation on tissue perfusion: a randomized pilot study. JA Clin Rep. 2019; 5: 72. PMID: 32026142.
2.乳児正常気道及び困難気道に対する気管挿管におけるマルチビュースコープの有用性の検討(ランダム化・クロスオーバー・マネキン試験)(五代 幸平)
乳児は無呼吸になってから低酸素血症に陥るまでの時間が成人に比べて短いことが知られています。そのため気管挿管に時間が掛かれば、低酸素血症を来す危険性が高くなります。しかし乳児患者を集めてランダム化臨床試験を行うことは困難です。マルチビュースコープ・スタイレットスコープは挿管チューブに装着可能なスタイレットタイプの硬性鏡であり、通常の喉頭鏡を用いた直視下気管挿管に比べて視野の改善が期待できます。乳児正常気道モデル及び気管挿管が難しい困難気道モデルのマネキンを用いて、気管挿管におけるマルチビュースコープ・スタイレットスコープの有用性を検討しました。マルチビュースコープ・スタイレットスコープで前歯にかかる力や視野は改善しましたが、気管挿管時間は短縮しませんでした。
発表論文
Comparison of the MultiViewScope Stylet Scope and the direct laryngoscope with the Miller blade for the intubation in normal and difficult pediatric airways: A randomized, crossover, manikin study. PLoS One. 2020; 15: e0237593. PMID: 32790734.
基礎研究
1.慢性痛におけるグリア細胞の役割を明らかにする(五代 幸平)
慢性痛とは、通常の傷が治る期間を過ぎても続く痛みであり、人口の約20%が慢性痛を有していると考えられています。本来、痛みには組織が傷ついたことを知らせるアラームという重要な役割があります。しかし、傷が治ってからもアラームが鳴り続けることがあり、これが慢性痛です。痛みには、傷・炎症による「侵害受容性」の要因、神経の圧迫・損傷による「神経障害性」の要因、ストレスなどによる「心理社会的」要因があります。我々はマウスを用いて侵害受容性痛や神経障害痛のメカニズムを研究しています。
グリア細胞は免疫細胞の一種であり、中枢神経系において種々の炎症や創傷治癒に関与しています。慢性痛におけるグリア細胞の役割を解明することで、慢性痛の新規治療法の開発に役立つことが期待されます。侵襲制御学教室では、慢性痛患者の臨床経験も豊富です。そのため、基礎研究と臨床研究の橋渡しに貢献できると考えています。
競争的獲得資金
日本学術振興会, 科研費, 基盤研究(C)Caチャネルα2δリガンドのHO-1/グリア細胞を介した鎮痛機序の解明(課題番号:23K08335).
発表論文
・Heme oxygenase-1 inducer and carbon monoxide-releasing molecule enhance the effects of gabapentinoids by modulating glial activation during neuropathic pain in mice.Pain Rep. 2018; 3: e677. PMID: 30534628.
Heme oxygenase-1 in the spinal cord plays crucial roles in the analgesic effects of pregabalin and gabapentin in a spared nerve-injury mouse model.
Neurosci Lett. 2022; 767: 136310. PMID: 34736722.
2.敗血症関連脳症に関与する脳の神経活動の研究(中原 真由美)
敗血症は、重症化すると生命を脅かす多臓器障害を引き起こし、全世界的に死因の1/5を占めるとも言われています。敗血症の救命率は、集中治療の進歩、Surviving Sepsis Campaign Guidelines(SSCG)の活動、抗菌薬の開発などにより向上していますが、長期予後はいまだ不良であり、敗血症関連脳症の合併による認知機能障害などの後遺症が問題となっています。近年、全世界的に大きな影響を及ぼした新型コロナウィルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)においても、回復後の後遺症として、記憶や認知機能の低下が知られています。我々は、脳の神経活動と敗血症関連脳症との関係性について研究しており、臨床的にも応用できる治療戦略に繋げたいと考えています。
競争的獲得資金
日本学術振興会, 科研費, 基盤研究(C) インビボ神経イメージングによる敗血症関連脳症に関与する大脳神経回路同定と治療戦略(課題番号:21K09077)
発表論文
・Recombinant thrombomodulin protects mice against histone-induced lethal thromboembolism.: PLoS One 8(9),e75961, 2013. PMID: 24098750
Circulating histone H3 levels are increased in septic mice in a neutrophil-dependent manner: preclinical evaluation of a novel sandwich ELISA for histone H3. Journal of Intensive Care. 6:79, 2018. PMID: 30505450