記憶が脳に形成される際には神経回路の構成変化や神経細胞同士の結合強度が変化すると考えられています。形成された記憶は場合によっては生涯保持されますので、このような神経細胞の回路や結合の変化も長期にわたり維持されていなければなりません。これまでの研究により、神経ネットワークの変化が長期的に維持されるためには、神経活動依存的な遺伝子発現が重要な役割を果たしていることが明らかになってきています。私たちの研究室ではこの神経活動依存的な遺伝子発現に注目して以下のような研究を行っています。
1)活動依存的遺伝子Arcの機能解析
代表的な神経活動依存的遺伝子であるArc(Activity-regulated cytoskeletal-associated protein)(別名Arg3.1)はシナプス結合強度の調節に関与していることが知られています。私たちはこれまでにArcタンパク質は後シナプス部位においてカルシウムカルモジュリンキナーゼIIと結合することにおり、局在が制御されており、さらに、グルタミン酸受容体のシナプス発現量を調節していることを明らかにしてきました(下図)(Chowdhury et a., Neuron, 2006; Okuno et al., Cell, 2012)。現在は、このArcタンパク質のシナプスにおける機能と個体における生理的な機能をさらに詳細に調べています。
不活性化シナプスへのArc集積とAMPA型グルタミン酸受容体のエンドサイトーシス
シナプス刺激によって発現誘導されたArcは不活性型のCaMKIIβとの相互作用により活性の低いシナプスに集積する。不活性シナプスに集積したArcはAMPA型グルタミン酸受容体のシナプス膜表面からの除去(エンドサイトーシス)を促進する。このようなArc依存的な分子機構は"強いシナプス"と"弱いシナプス"のコントラスト維持に働いていると考えられる。
2)記憶関連大脳神経回路の可視化・同定
記憶を形成する際には大脳のすべての神経細胞が関与しているのではなく、特定の記憶に対してある特定の神経細胞群が記憶回路として動員されると考えられています。この特定の神経細胞群を可視化することにより、大脳のどのような部分に記憶が形成され、維持されているのかについて研究を行っています。このためには記憶回路を可視化する方法の開発も必要です。これまで私たちは活動依存的なプロモーターを用いた蛍光レポーターシステムなどを開発してきました(下図)(Kawashima et al., PNAS, 2009; Kawashima et al., Nat Methods, 2013; Mikuni et a., Neuron 2013; Vousden et al., Brain Struct. Funct. 2014)。現在、ウイルスベクターや遺伝子改変動物を用いた新しい回路可視化法の構築を模索しています。
活動依存的遺伝子発現レポーターウイルスによる大脳新皮質活動の検出
Arcのエンハンサー/プロモーター領域によって神経活動によってGFPレポーターが発現するようなウイルスを用いることにより、ラットやマウスの大脳視覚野において視覚依存的な神経活動を細胞レベルで検出することが可能である。
3)新規シナプス機能調節遺伝子の探索
神経活動によって一過的に発現誘導される遺伝子は上記のArcの他にもc-fos, fosB, egr-1(zif268/NGFI-A), Nr4a1(NGFI-B/Nur77)など様々なものが知られていますが、一部の遺伝子を除いて解析は進んでおらず、多くの遺伝子の機能は未知のままです。まだ解析が進んでいない活動依存的な遺伝子を調べることにより、新たなシナプス機能調節因子を探索しています。
References
1) Chowdhury, S., Shepherd, JD, Okuno, H., Lyford, G., Petralia, RS., Plath, N., Kuhl, D., Huganir, RL Worley, PF. Arc interacts with the endocytic machinery to regulate AMPA receptor trafficking. Neuron, 42:445-459, (2006).
2) Kawashima, T., Kitamura, K., Suzuki, K., Nonaka, M., Kamijyo, S., Takemoto-Kimura, S., Kano, M., Okuno, H., Ohki, K, and Bito, H. Functional labeling of neurons and their projections using the synthetic activity-dependent promoter E-SARE. Nat Methods, 10: 889-895 (2013).
3) Kawashima, T., Okuno, H., Nonaka, M., Adachi-Morishima, A., Kyo, N., Okamura, M., Takemoto-Kimura, S., Worley, P., Bito, H. A synaptic activity-responsive element in the Arc/Arg3.1 promoter essential for synapse-to-nucleus signaling in activated neurons, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106:316-321, (2009).
4) Okuno, H., Akashi, K., Ishii, Y., Yagishita-Kyo, N., Suzuki, K., Nonaka, M., Kawashima, T., Fujii, H., Takemoto-Kimura, S., Abe, M., Natsume, R., Chowdhury, S., Sakimura, K., Worley, P.F., Bito, H. Inverse synaptic tagging of inactive synapses via dynamic interaction of Arc/Arg3.1 with CaMKIIβ. Cell, 149:886-898, (2012).
5) Okuno, H. Regulation and function of immediate-early genes in the brain: beyond neuronal activity markers. Neuroscience Res. 69:175-186, (2011).
6) Vousden, DA., Epp, J., Okuno, H., Nieman, BJ., van Eede, M., Dazai, J., Ragan, T., Bito, H., Frankland, PW., Lerch, JP., Henkelman, RM. Whole-brain mapping of behaviorally-induced neural activation in mice. Brain Struc. Func., [Epub ahead of print] (2014).
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