ファイナルレポート
地域提案型研修「離島医療」研修コース
2004年4月5日〜6月18日
1.緒言
JICA(日本国際協力機構)の地域提案型研修「離島医療」研修コースは、2002年9月(平成14年度)に鹿児島県の提案により始まり、今回(平成15年度)で2回目となる。初回はインドネシアとフィリピンから1名ずつ計2名が3か月間の研修を、今回はフィリピンから1名が2か月半の研修を行った。
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科国際島嶼医療学講座(旧離島医療学)ではJICAの依託を受け、離島医療機関はもとより、県本土の医療機関、鹿児島県、市町村および鹿児島大学の多島圏研究センターや大学院医歯学総合研究科など多くの医療・教育・研究・行政機関の協力を得て、研修の実務調整を行っている。
本レポートは、研修生のウサマ先生が研修を終えるに当たって、全体の総括と将来におけるアクションプランをまとめたものである。多くの先生方や関係者のお陰で、評価会においても、研修生やJICA担当者から満足のいく高い評価を頂いた。研修生も離島医療を、負の側面ばかりでなく、全人的な地域包括医療が求められ、それが出来る場として理解できたものと考えている。本コースは鹿児島の離島医療が国際的に貢献できる事例の1つであり、今後とも、是非、継続させていきたいと考えている。幸い、第3回目のコースも平成17年2月21日〜4月22日に行うことが予定されている。今後とも、本コースにご理解、ご協力の程、宜しくお願い致します。
最後に、本コースを行うに当たってご協力頂いた下甑村国保直営手打診療所、屋久町栗生診療所、瀬戸内町へき地診療所、県立大島病院、三島村(黒島・大里)へき地診療所、医療法人誠友会パウナル診療所、今給黎総合病院、鹿児島赤十字病院、メディカルクリニック毛利、鹿児島県保健福祉部医務課、同県立病院課、同保健福祉課、同総務部国際交流課、屋久町、鹿児島大学多島圏研究センター、同地域共同研究センター、同総務部国際交流課、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科侵襲制御学分野、同循環器・呼吸器・代謝内科疾患学分野、同神経疾患・老年病学分野、同腫瘍制御学分野、同小児発達機能病態学分野、同医療システム情報学分野、同視覚疾患学分野、同皮膚疾患学分野、同聴覚頭頸部疾患学分野の諸先生方、関係諸氏の皆様方に深謝いたします。また、本研修を依託して頂いたJICA九州国際センターの山口三郎所長を始めとするスタッフの方々、研修生に常時付き添い、コーディネートをして頂いた日本国際協力センターの上田以保子、川上陽子研修監理員に感謝申し上げます。さらに、研修の実務調整を手伝って頂いた新村英士講師を始めとする国際島嶼医療学講座スタッフ、研修生の良き話し相手になってくれた医学科学生諸君にも感謝したします。
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
国際島嶼医療学講座
教授 嶽崎俊郎
ファイナルレポート
JICA 離島医療 研修コース
フィリピン共和国 ミンダナオ ムスリム自治区
保健省 スールー州 ホロ 統合地域病院
ハジ パンリマ タヒル地区 担当医師
マリア リリベス ウサマ タントコ
2.はじめに
今年2月、JICA (独立行政法人日本国際協力機構)より、ミンダナオ島の医師を対象にした離島医療研修の話がまいこんだ。日本の離島医療がどういうものなのかと思い、フィリピンの人々のため、また自分自身のためにも参加を決意。
3.フィリピン概要
ルソン、ビサヤス、ミンダナオを中心に7107の島からなる。面積299、764平方キロメートル、人口約7、650万人(2000年度)、人口増加率2.3%現在はムスリム自治区スールー州に勤務、人口651、039人(2002年度)
410の島を含む、18の自治体に分割。
ハジ パンリマ タヒル地区担当医として勤務。人口約5503人(2003年度)。この地域の島には診療所当医療施設はなく、入院の必要な患者は、スールーの州立病院へ運ばれる。担当医、保健婦、助産婦、衛生指導員、マラリア担当専門家がこれらの島の巡回診療を担当。各島には、ボランティアヘルパーが12人。フィルヘルスと呼ばれる保険制度もあるが、強制ではないため多数の国民が未加入。
4.研修成果
下甑島 手内診療所
国内の離島医療実践において高名な瀬戸上先生の下で、外来・入院患者診察を見学することで、医者と患者の心のコミュニケーションの大切さを実感。回復の見込みにとらわれず、患者にとっての最善の治療をほどこす重要さについても学んだ。
屋久町 栗生診療所
外来診察、往診に同行。島の高齢者支援に尽力され、個人的に介護センターの立ち上げに参加した藤原先生の心の深さに触れた。
屋久町 保健センター
保健婦に同行し、年に一度開催の健康診断を見学。段取りの良さが手にとるように分かった。
瀬戸内へき地診療所
海上タクシーを利用しての離島巡回診療に同行。本国での自分の仕事と共通点が多い。フィリピンでカヌーのような小型ボート使用のため天候により新郎が不可能なこともある。
県立大島病院
外来・入院患者の診察を見学。スールー州の病院とは異なりあらゆる検査機器を装備。腹腔鏡検査やペースメーカーの挿入なども実施。
三島村(黒島・大里へき地診療所)
下甑の瀬戸上先生の若い頃を彷彿とさせる、宇宿先生の患者に対する思いやり、信頼関係に感銘を受けた。外国人研修員である自分にも丁寧に各患者の病状を説明する時間を割いてくださった。外来診察・往診同行、健康診断を見学、中学生とも英語で話す機会をえた。
里村巡回診療 (眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科)
年に一度開催の巡回診療に同行し見学。本土へ足を運ばずに専門医師の診療が可能な制度だ。治安上の理由から、スールーでの実行は当分不可能だ。
与論島 パナウル診療所
古川医師は、プライマリーヘルス担当医として熟練した全人的診療をされていた。へき地での利点の一つは医師が患者の情報取得可能で必要に応じて臨機応変な対応も可能な点だ。また、3日間にわたる詳細なスケジュールのおかげで限られた時間を最大限に有効活用できた。研修受入先には、このようなプログラムを組んでいただけるとより良い。外来診察、往診同行以外にも地域の学校保健会の総会、保育所見学、小学校での耳鼻科検診、診療所内の体育間でのふれあい活動にも参加。
鹿児島県 保健福祉部 医務課
離島での診療を円滑に行う管理運営を担当。島の医師が医師会等に参加する際の代理医師を配置するシステムを検討中。医療の知識を広めつつ、へき地での医療に関われるのでへき地の医師にとっては最良の方法だ。スールー諸島では医師の数が不足しているため実施は困難だが。
今給黎総合病院
テレメディシン(IT遠隔医療)の素晴らしい設備のみならず、それが実際に活用されていることに感動した。帰国後はまずこの遠隔医療導入をし、計画する際にはここで学んだ知識を活かしたい。スールー諸島では医師不足のため、通信技術を活用した専門医の支援を仰ぐことが可能になれば医療向上につなげられる。患者紹介システムを導入すれば、患者ケアの向上にもつながる。
鹿児島赤十字病院
脊椎手術、救急体制、へき地医療担当医師による講義、院内見学、術前カンファレンス、往診と、一日という短い研修期間を最大限に生かせた。次回からはここでの研修は延長されると良い。
メディカルクリニック毛利
毛利先生は、患者の治療に重点を置くと同時に患者が自力で生活するこの大切さを徐々に浸透させることに尽力されている。人間が生きるうえで大切なことだが決して簡単なことではない。このような大きな課題に地道に取り組んでいる先生の姿勢、実行力に敬服した。
鹿児島大学
多島圏研究センター
島という未知の世界を研修する野田教授、長島先生の熱意を感じた。地方の人々特有の個性、生活習慣、島特有の疾病、文化や伝統について話し合う機会をもてた。
国際島嶼医療学講座
JICAコースがなければここに来る機会もなかった。嶽崎教授、新村先生の研修への理解、忍耐力に感謝している。海外は初めてだが、家族の一員のように暖かく受け入れてくださった。非常によく吟味されたプログラムで、何の支障もなく研修に集中できた。
侵襲制御学分野、麻酔・蘇生学
上村教授の丁寧な説明に感謝している。手術室・集中治療室内の説明を受けた。海外からの研修員を暖かく迎えてくれた。
循環器・呼吸器・代謝内科疾患学分野、内科循環器学
循環器疾患は得意分野ではなかったが、動脈造影法、電気カテーテル剥離等の処置法について説明をうけた。フィリピンではこのような処置は専門医院でのみ実施されるため、初めて処置を見学する良い機会だった。
神経疾患・老年病学分野、内科神経学
講義、入院患者診察に同行。特に、神経生理学フィリピンにおいても新分野で医師も少ないため機器の詳細な使用法などの説明が興味深いものだった。
腫瘍制御学分野、外科学腫瘍・腸手術
腹腔検査鏡の使用法を観察できる良い機会だった。病理学科に回す前に肉眼により検体診断をするというほかに例を見ない、適切に追求する姿勢に感動した。タイミングよく、小児外科での手術を見学する機会もあった。教授には説明に多くの時間を費やしていただき帰国後活用できる情報を多く得る事ができた。
小児発達機能病態学分野、小児科学
小児科医である自分には非常に重要な研修であった。フィリピンの患者との大きな相違点は日本では患者が最良の治療手段を選択できることだ。フィリピンでは経済の状態の向上無しには良い医療システムの実践も困難だ。
医療システム情報学分野、医療情報学
この教室は大学病院のコンピューターネットワークを統合する役目を担っている。ここでの説明でどの様にシステムが稼働しているかを良く理解することができた。スールー州には技術的に高度すぎ、機器も非常に高額であるが、私はミンダナオ島の大病院への紹介システムを容易にする遠距離通信の簡単な方法を開始する計画である。
視覚疾患学分野、眼科学
坂本教授、園田先生より投薬の種類等に関する情報を始め、外来患者診察時にも症状を観察する機会を設けてくれるなど、活用できる技術を実習できた。スールーには眼科医がいないので帰国後は大いに活用できる内容だった。
皮膚疾患学分野、皮膚科学
フィリピンでは感染性、免疫性皮膚病が多い。カンファレンスで患者の症状、治療法について議論する手順は効果的だと思った。内容が専門的だったため、コーディネーターも通訳不可能だった。教授の近くに座り質問を仰ぐべきだった。
聴覚頭頸部疾患学分野、耳鼻科学
特別患者の症状を観察できる良い機会だった。聴力検査、嗅覚、味覚検査の機器等の説明も受けた。
5.アクションプラン
第1段階
基礎的なテレメディシン
アブサヤフ(テロリスト組織)のためスールーの治安状態は悪く医師は来ることを拒む。しかし、テレメディシンを活用することで専門医による患者診察も可能。既存のコンピューター、デジタルカメラなどを利用して実施が可能。現在はシステムを立ち上げるのは不可能なため通信手段としてインターネット活用を考案中。患者の個人情報流出の可能性も考慮に入れ、インフォームドコンセントの準備も必要。
A スールー州立病院と近郊の大病院との患者紹介システムを構築する。
両院間での同意書を作成する。
B 1〜2年後、両院間での連携システムを成功させ、マニラの病院との同じシステムで連携を図る。
巡回診療の継続
勤務活動の中心である島は更に5つの小島群からなりその小島群は2〜3の小島からなる。そこには、ボランティアの健康指導員しかいないため他のスタッフと巡回診療を担当。
第2段階
年一度の健康診断の実施
公務員は健康診断書の提出を義務付けられているが、自営業者、失業者は義務ではない。国民保健は未加入者多く、健康診断費の全額自己負担は不可能。スールー州立病院には血液検査機器、X線撮影機器もない。
専門医による巡回診療
眼科、耳鼻科、皮膚科の医師を派遣して年一度の検診を実施するためにはまず、スールーの治安改善が必然だ。また、派遣医師団の宿泊費等、予算の問題もある。
診療バス
スールーには最適な設備だが、バス、検査機器の購入予算が必要。
スールー州内の自治体間におけるテレメディシン
スールー諸島の小島群には通信設備がない島もあり、実践は数年後。
6.結 び
離島医療とはへき地で生活を送る人々が必要とするヘルスケアの実践である。既存の基本的設備を有効活用させることで人々の健康管理促進につながる事を認識できた。患者紹介システム向上のためのテレメディシンの活用、診療バスの利用や専門医による巡回診療の実施により離島、へき地に暮らす人々も診察を受ける機会をもてる。また、医療的な管理だけではなく、全人的姿勢を持って患者に接することの大切さも体感できた。技術の発達未発達にかかわらず、最も重要なことは医師と患者の信頼関係である。患者との対話の大切ににし時間をかけて患者の言い分に耳を傾けることも大切だ。われわれ医師も患者から多くを学んでいるのだ。学生時代、教授はいつもキュア(病気を治すこと)も時には可能だが、常に忘れてはならないのはケア(思いやる気持ち)だと話していた。