ペインクリニック
薬物治療や神経ブロックなどを駆使して、いろいろな痛みを緩和・消失させる痛み治療専門の分野であり、麻酔科の中でもペインクリニックという部門が担当します。
「ペインクリニック」という言葉ですが、英語で「ペイン」とは「痛み」、「クリニック」とは「診療所」という意味です。ペインクリニックの治療では、単に治療によって痛みを取り除くだけではなく、痛みにより仕事や趣味などが制限されたり、食欲が落ちたり、睡眠が障害されたりと生活の質が損なわれることも多いため、そのような生活の質の改善も目的としています。治療の対象は、日常生活でよく経験する腰や肩の痛みから、帯状疱疹による痛み、三叉神経痛に代表されるような顔の痛み、癌による痛みなどと様々です。
痛みの治療では、薬物治療や神経ブロック、リハビリ、手術と選択肢はいくつかありますが、ペインクリニックでは、薬物治療に神経ブロックを併用して治療しています。ぎっくり腰や五十肩などのような一般的な痛みは、リハビリや薬物治療などの保存的治療に比べて短い治療期間で改善されことも多く、また、三叉神経痛などでは、1回の神経ブロック治療で年単位に及ぶ効果が得られる特徴があります。
帯状疱疹の場合には、発症初期に積極的に痛みを抑える治療を行うことで神経痛への移行を防ぐ可能性が高くなります。また、神経ブロックという選択肢があることで、手術などの侵襲的治療を回避できる可能性もあります。以前から、一部の神経ブロックでは正確で安全に行うために、エックス線透視下に行う方法が用いられてきましたが、最近は超音波装置が普及してきたことで、エックス線透視下の正確性や安全性に簡便性も加わり、更に治療の幅が広がってきています。
その他、高周波熱凝固法という数ミリ程度の範囲に70〜90度の熱を加える方法や、ブロック部位に高濃度アルコールを注入する方法などで、長期的な効果を得る場合もあります。難治性の痛みでは、様々な治療に加え脊髄刺激療法を行う場合があります。脊髄に沿って挿入したリードから、脊髄に微弱な刺激を行うことで痛みを緩和させる治療法です。
神経ブロック
痛みの原因となっている神経やその周囲に、局所麻酔薬を注入する方法です。その際に、抗炎症作用のあるステロイド薬を併用する場合もあります。
神経ブロックの効果は、局所麻酔薬により一時的に神経を遮断することで痛みをとるだけではありません。痛みがあると交感神経が刺激され、それにより引き起こされる血流の低下や筋肉の緊張などによって、更に痛みが強くなるという悪循環が起こります。神経ブロックにはそのようなバランスを崩した部分を改善し、更に、抗炎症作用も加わることで局所麻酔薬の作用時間(数時間程度)以上の効果が得られます。
一般的には短時間作用の局所麻酔薬による神経ブロックが主流ですが、種類によっては長期的に神経を遮断する方法もあり、的確に適応を判断することで高い治療効果を得ることができます。
主な対象となる症状や疾患
腰や足の痛み
(腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間関節症など)
腰痛の経験がある方は非常に多く、程度がひどくなると、歩行や立ち上がり、寝返りなどの、普段は何気なくしている動作も困難になります。治療により、痛みが緩和されるだけでなく、そのような日常生活動作の改善も治療効果の1つとして重要であり、早期であるほどその改善は早まります。
物を持ち上げようとした時や、腰をひねった時などに、突然腰が痛くなる急性腰痛の場合では、1回のブロックで大きな効果が得られることもあります。代表的なブロックは、腰部硬膜外ブロックですが、その他にも数種類のブロックの中から、原因に合わせて選択します。
首や肩、腕の痛み
(頸椎症、頸椎椎間板ヘルニア、肩関節周囲炎など)
頸椎症などの場合、少し首を動かすだけでも首や腕に激痛が走ったり、横に寝るのもつらい場合がありますが、近年発展してきた超音波装置を用いることで、障害されている神経を正確にとらえてブロックすることが可能となり、劇的な効果をもたらす場合もあります。
代表的なブロックは、腕神経叢ブロックや星状神経節ブロックです。また、五十肩で悩まれている場合でも、上記の超音波装置を用いて治療することで、確実な効果を得ることができ、数年来の痛みが解消されることも多いです。
帯状疱疹の痛み、帯状疱疹後神経痛
幼少時にかかった水ぼうそう(水痘)の原因であるウイルスが神経の中に潜んでいて、それが原因となって起こるのが帯状疱疹です。誰でも発症する可能性があり、ほとんどが治癒しますが、一部の場合は激痛を伴い、皮疹が治癒したにもかかわらず神経痛という合併症が残る場合があります。神経痛への移行を防ぐことが大事で、それには発症早期からの積極的な治療が必要となります。薬物治療に神経ブロックを併用することも多く、発症部位に応じて神経ブロックの種類を選択します。ただ、神経痛に移行した場合でも、様々な治療を集約して行うことで痛みが緩和したり、消失することもあります。
顔面の痛み(三叉神経痛など)
三叉神経痛が代表的で、その特徴は数秒程度持続する発作痛です。状態がひどくなると歯磨きや食事、洗顔でも激痛が発生するようになります。代表的な治療に抗てんかん薬の内服がありますが、副作用が発生したり、痛みが緩和されない場合には、神経ブロックや手術などが選択枝となります。神経ブロックの場合には、通常1回の治療で年単位の効果が得られる特徴があり、治療効果の高さはかなりのものです。代表的な神経ブロックは、眼窩下神経ブロックやガッセル神経節ブロックで、いずれも高周波熱凝固法という方法を用いることで長期効果が得られるようになります。
頭の痛み(片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛など)
頭痛には片頭痛などのような慢性的な場合と、くも膜下出血に代表されるような命にかかわるような急性の場合があります。ペインクリニックで扱うのは前者の慢性的な頭痛であり、片頭痛や緊張型頭痛が代表的です。基本は薬物治療であり、状態に応じて薬剤を選択していきますが、星状神経節ブロックやトリガーポイント注射などを行うこともあります。
末梢血行障害による痛み
(閉塞性動脈硬化症、バージャー病など)
四肢の血行障害が原因で、手足に痛みや冷え、潰瘍などが出現する病気です。基本の治療は薬物治療ですが、ペインクリニックでは、主に血行改善目的に交感神経ブロックを行います。下肢に対しては、腰部の交感神経に高周波熱凝固を行なったり、高濃度のアルコールを注入することで長期効果を得る方法もあります。その他には、下肢の痛みに関係している坐骨神経の周囲にカテーテルを留置して、持続的に痛みを緩和、消失させる方法もあります。
癌による痛み
癌の種類は非常に多く、原疾患による痛みと転移による痛みに分かれ、その痛みの内容も様々です。治療の基本であり、中心となるのは薬物治療ですが、神経ブロックが適応となる場合もあります。代表的な痛みは、すい臓や肝臓などの腹部内臓の癌による内臓痛です。その他には、腫瘍が大きくなり、周辺の神経や組織が圧迫されることで生じる痛みも適応となる場合があります。代表的なブロックは、内臓痛に対する腹腔神経叢ブロックで、高濃度のアルコールを使用することで数か月単位の効果を得ることができます。適応があれば、早期に実施することが推奨されています。このように神経ブロックを行うことで、鎮痛薬の内服量が減ったり、痛み治療のために入院が必要な場合には、自宅退院という可能性も出てきます。
顔面神経麻痺
突然発症することが多く、その原因としてはいくつかの説があげられています。ペインクリニックでは、ステロイドなどの薬物治療以外に星状神経節ブロックを行っています。発症時期や顔面神経麻痺スコアを指標に、重症の場合には連日行うこともあります。
複合性局所疼痛症候群
外傷などによる組織損傷後に、傷が治癒したにもかかわらず痛みが遷延する場合があります。複数の機序が関与しており、その診断は慎重に行わなければなりません。個々の病態に応じて、薬物治療や神経ブロック、リハビリなどを組み合わせて治療します。
よくある質問
予約や紹介状は必要ですか?
予約制ですが、紹介状がなくても予約、受診は可能ですので、痛みでお困りの際は気兼ねなくご連絡ください。
通院で可能ですか?
ほとんどの場合、外来通院で治療可能です。薬物治療のみの場合や、薬物治療に神経ブロックを併用する場合があります。神経ブロックは数分程度で終わることが多く、治療を受けた後はベッド上で30分から1時間程度安静にして、状態を確認してから帰ります。
一部の高度な神経ブロックでは短期間の入院が必要な場合もあります。また、遠方の方など通院が困難な場合には、1週間程度の短期入院で集中的に治療を行うことも考慮します。
どの程度の治療期間ですか?
治療回数や受診間隔は痛みの程度や原因によって異なり、何より患者さんの状態に合わせて治療計画を作っていきますので、数回の治療で終わる場合もありますし、定期的な治療で、痛みをある一定の状態にまで和らげるという維持療法として考える場合もあります。
痛みが強い場合は、1週間に1回程度、通常は2~4週間に1回程度の治療間隔が多く、痛みが改善傾向であれば、薬物治療だけになったり、治療終了となる場合も多いです。
神経ブロックは痛いですか?
神経ブロックをする時には注射針やブロック針を使いますので、痛いという印象を持たれている方も多いようです。
一般的に使用している針は、採血などで用いる針よりも細い場合が多く、また、神経ブロックの種類によっては事前に局所麻酔をするために、痛みは比較的軽いことが多いです。
神経ブロックは安全ですか?
治療前の検査や問診などから問題がないことを十分に確認し、実際の神経ブロックの際には、安全性が確立された方法で行います。その時に用いる薬剤は局所麻酔薬が主体で、使用する量もほとんどの場合が数ml程度と少量しか使用しません。このようにして、副作用や合併症対策を十分に行うことで、安心して治療を受けることができます。
保険は適応になりますか?
ほとんどの治療に保険が適応されます。
鹿児島の痛み治療の状況
ペインクリニックの歴史は古く、日本では1962年から存在しています。
主に関東などで発展してきましたが、その治療実績は確固たるものです。しかし、鹿児島の痛みの治療は、リハビリや薬物などを主体とした保存療法と、手術を代表する侵襲的な治療が主体であり、その中間的な存在であるペインクリニックの比率は低く、全国の中でも普及が遅れている地域の1つとなっています。
現在までのペインクリニックの治療実績から、痛みで苦しまれている方にとってその効果はとても大きく、力強い治療方法となると考えています。