快情動を定量化する方法
快情動が身体の健康にも良い事は経験的に誰もが知っていますが、そのメカニズムは未だに不明です。実験動物において快情動を定量化する方法が不十分である事がその一因と思われます。犬はまだしも、ネズミの顔表情から内面を判断するのは困難です。そこで我々は情動脱力発作(カタプレキシー)に注目しました。情動脱力発作とは、傾眠病(ナルコレプシー)患者に見られる特徴的な発作であり、笑いなどの快情動をきっかけとして四肢の筋肉が弛緩してその場に崩れ落ちる現象です。オレキシンという神経伝達物質は覚醒維持作用を持ち、その欠損マウスは傾眠病を示しチョコレートを与えると発作回数が倍増します。しかし、快情動が発作の原因であると言いきるには証拠が不十分でした。いっぽうマウスの求愛行動は、特徴的な超音波領域の発声で定量化できます。そこで、傾眠病の雄マウスに正常マウスを同居させ、ラブソングとも呼ばれるこの求愛発声と、発作の同時観察を行いました(図a)。通常マウスで知られているのと同様に傾眠病の雄マウスでも、雄マウスとの同居よりも雌マウスとの同居の際に発声回数が増加し(図b)、脱力発作も雌マウスとの同居で激増しました。さらに調べると、発作の8割以上は超音波発声に引き続いて起きていました(図c)。また、良く鳴くマウスほど多く発作を起こしました(図d)。すなわち、性的な興奮が活発な求愛発声と脱力発作という2つの行動出力の原因になっていたと考えられます。また、快情動を誘発する複数の異なる刺激(チョコレートと雌マウス)で情動脱力発作が引き起こされる事が証明できました。情動脱力発作は客観的な定量化が可能な指標なので、マウスを用いて快情動の脳内メカニズムを実験的に研究する道筋をつけることができました。
Kuwaki and Kanno, Comm Biol 4: 165, doi: 10.1038/s42003-021-01696-z (2021).