研究の概要と今後の研究方向

1)循環調節の基本的な仕組み

 循環と呼吸の調節は生命維持に直結しているので医療上極めて重要であるばかりでなく、日常生活の中でも胸が高鳴る・息を呑むなど様々に表現されるほど古来から万人の注目を集めてきました。私たちは、このように医学上も重要で科学としても興味深い対象である循環と呼吸の調節機構に関して研究してきました。

 今までの成果としては、血圧情報の入力から出力に至るまでの延髄内における神経回路の同定に成功し、吻側延髄腹外側部が各種の情報を集約して脊髄の交感神経節前細胞に伝える最終共通出力系路として重要な役割を果たしていることを明らかにしました。さらに、ここに存在する神経細胞は血圧情報を処理するばかりでなく、脳脊髄液に含まれる生理活性物質のセンサーとしても働いている多機能神経細胞群である事を発見し、この基本神経回路における神経伝達・修飾物質の概要も解明しました。これらの結果は麻酔した実験動物から得られたもので、安静または睡眠時の最低限必要な基本機構に関する仕組みと思われます。

  

2)循環・呼吸の動的調節:ホメオスタシスからホメオダイナミクスへ

 我々の日常生活に占める安静・睡眠時間は高々50%であり、運動を含む各種活動時における調節機構を明らかにしないことには、生活の質的向上は望めません。また、成熟期の正常な機能発現には正常な生後発達が必須です。そこで最近の数年間は、循環・呼吸調節機構の生後発達のメカニズム、ストレス時と安静時および覚醒時と睡眠時とで循環・呼吸調節が異なるメカニズムの解明に焦点を当てて研究を進めてきました。臨床応用も念頭に、その神経伝達・修飾物質を明らかにするべくノックアウトマウスを材料に研究を推進しました。その結果、ヒトにおいて乳幼児突然死症候群が発症しやすい生後1, 2年に相当するマウスの生後2週目前後に循環・呼吸調節機構発達の臨界点が存在する事、および、視床下部から延髄・脊髄の循環・呼吸中枢に情報を伝え、それらの活動を修飾・調整する神経伝達物質として、オレキシンが重要な役割を果たしている事を発見しました。

  

3)研究の新たな展開

 今後は上記を更に発展させて、ストレス・不規則な生活・偏った食事等の生活習慣が自律神経の変調を介して病態として顕在化するメカニズムの解明を、具体的疾病との関連にも重点を置いて取り組んでいきたいと考えています。また、交感神経系を抑制し副交感神経系を活性化さるような、直接治療に結びつく可能性のある神経回路の伝達・修飾物質に関しても分子生物学の技術を応用して解明したいと考えています。臨床と直結した研究展開の対象としては、敗血症ショック、睡眠時無呼吸症候群、乳幼児突然死症候群、パニック症候群、心的外傷後ストレス障害、白衣高血圧、食塩感受性高血圧などの病因・病態の解明と治療戦略の立案に貢献したいと考えています。これらに際しては、基礎研究成果の臨床応用、臨床病態解明のモデル構築とその解析、および臨床へのフィードバックの組み合わせが重要と考えています。一例としては、循環中枢の破綻を示す血圧・心拍数のゆらぎ消失がショック発症の予測因子として非常に有用である事が明らかになりました。臨床科と共同研究や情報交換等を通じて密接に協力し、研究志向と意欲のある多くの若手医師にも積極的に研究室を利用していただき共同研究を推進していきたいと考えています。その他にも国内外との共同研究を一層推進し、分子と個体の両面から生命現象の解明に邁進したいと存じます。

 これまでの研究の過程において分子と個体機能の研究とを有効に結びつける為に、遺伝子改変マウスに応用可能な循環・呼吸を始めとする各種の生体機能計測技術を開発し、世界に発信すると共に多くの基礎・臨床研究者に技術提供してきました。今後は極めて需要の多いこれらの技術を更に洗練・充実させていきたいと考えています。