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		<title>教員日誌・医歯学だより  | 鹿児島大学医歯学教育開発センター</title>
		<description>鹿児島大学　医歯学教育開発センター</description>
		<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary.html</link>
		<lastBuildDate>Wed, 14 Nov 2018 13:13:55 +0000</lastBuildDate>
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			<title>No.23 医歯学教育開発センター10周年</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/68-no23-10.html</link>
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			<description><![CDATA[<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">私が教授として本センターに赴任したのは2008年10月1日でしたので、10周年を迎えることができました。鹿児島大学の教職員、地域医療機関の皆様、患者会の皆様に支えられ、学生に応援されながら、新しい教育を提案し、実践することができました。心より感謝申し上げます。</span></p>
<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">現在、助教1名、兼務教員としてIT関連の専門家である村永文学講師、日本での歯学教育のリーダーの一人である田口則宏教授が加わり、3名の学外協力研究者、事務補佐1名で、医学教務係の支援を受けながら運営しております。他の医学部の教育センターに比べて、専任教員は非常に少ない組織ですが、教務委員会をはじめ、非常に多くの教職員が教育に関わる望ましい体制となっています。</span></p>
<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">本ブログはしばらくお休みしておりましたが、改めて教育に関する情報発信を行う場にと思い、再開いたしました。</span></p>
<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">当センターは医学教育に関する様々な業務を行っておりますが、私の研究テーマは「プロフェッショナルとしての医学生の成長」について調査、分析です。2014年の本ブログで「医学生の成長」について記載したように、医学教育の目標は、単に、知識や技能を身につけることではなく、患者と社会のために医師として考え、振る舞い、学び、生活することを身につけたプロフェッショナルな「医師」を育成することです。学生や研修医が成長するプロセスをを分析し、教育に役立てたいと思っているところですが、そこで重要とされているのが、「人」「地域社会」との関わりです。患者・ご家族、先輩医師、同僚、チームとして関わる医療専門職、そして地域の文化、生活、医療や保健・福祉の制度の中で、医師・医療者としての役割を果たしながら、自分に必要とされ、また期待されていることに対応しようと経験することが学びとなります。医師としての喜びも挫折や悩みも全て、「人」「地域社会」との関わりが生み出すものであり、それらを経験として成長します。いつしか「自分のため」に学んでいた学生が、「患者・地域のため」に考え、努力する姿勢を身につけていきます。</span></p>
<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">鹿児島で学生・研修医が学ぶ良い点は、厳しくも温かい「人」とのふれあいがあり、教育の場で常に「地域社会」が意識され、多様な文化・価値観を尊重した医療を学ぶことだと思います。医療の制約を実感する場面では、生き方、人生観を考えます。また、社会の中で学ぶとは、自分の行いがどのように社会に影響するか、そして自分自身がどれほど期待されているかを実感し、学ぶことや行動に責任を持つことを自覚します。すべてが医師としての成長に必要な要素です。</span></p>
<p style="margin-top: 0mm; margin-right: 0mm; margin-bottom: 0.0001pt; text-align: justify; font-size: medium; font-family: Century;"><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">鹿児島での生活が10年になると、大河ドラマ「西郷どん」の薩摩言葉が違和感なく理解できるようになっていましたし、島の場面では、島の空気、そして本土からの距離を感じながら楽しんでいました。郷中教育での先輩後輩のつながりは、現在の鹿児島にも生きており、それが医学教育を支えています。今、私が仕事として関わっていることに、どれほどの歴史、文化が影響しているか、改めて理解しましたし、それらに恥じない次世代育成を私の残りの任期3年半で、しっかりと勤めていきたいと考えております。</span></p>
<p><span style="font-size: 13pt; font-family: メイリオ, sans-serif;">今後ともご支援の程、よろしくお願い申し上げます。</span></p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Mon, 01 Oct 2018 01:10:43 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.22 医学生として成長する</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/61-no22-.html</link>
			<guid>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/61-no22-.html</guid>
			<description><![CDATA[<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">高校を卒業した学生が医学部に入学し、6年後に卒業して研修医として仕事を始めます。研修医は、指導医の監督下に限られますが、医師免許を有した職員として採用された初日から医師のみに認められている医療を行うことが許可された専門家です。患者の命と生活〜人生〜の責任の一端を担い、信頼されて業務を行い、責任を果たして尊敬される医師であり続けることが求められる身分です。たった6年間で、親と高校や予備校の先生を頼って勉強しかしてこなかった世間知らずの高校生を、少なくとも受け持ち患者から信頼される研修医として送り出すのが、医学部の役目です。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">医師が身につける必要がある能力は、医学教育の先進国では古くからたびたび議論され、1990年代からは教育・研修・資格試験の枠組みとして整備されてきました。知識、技能だけでは足りないことは勿論、いかに適切に医療の場で実践するか、さらに、患者・社会・医療チームから信頼され患者を尊重した安全な医療を推進し、社会の利益を優先して責任を果たし、リーダーシップを発揮し、プライベートの生活と両立させて業務を継続する、新しい医学・医療の情報を取り入れ適切に活用できることなどが、「必須の要件」として医学生にも求められています。医師の資格を取得するとはそういう人間になることです。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">これまでは国家試験に合格する知識さえ修得できたら卒業させる時代でした。「必須の要件」を備えた医師養成が、やっと日本の医学部の課題になってきたところですが、この要件には、修得した能力を発揮する自信が必要なこと、情緒的成長や社会性の獲得が含まれていることはまだまだ日本では十分に理解されていないのではないかと思います。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">医師としての振る舞い、考え方、価値観、責任感、倫理的行動は、医療の現場で、医師をロールモデルとして実践していくことでしか修得できないものです。部活で集団での行動を、アルバイトで社会性をという教員もおりますが、これは日本だけの話です。医療と切り離された経験で身につくような汎用的な能力では、医学生としては明らかに不足しますし、空いた時間の大半は自習し、短時間で気分転換や社会活動、健康の維持をするのが医学生と考えられています。また、部活で身につくのが「体育会系」的人間関係であれば、医療者に求められている対人関係とは明らかに異なります。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">本来であれば、社会人としての常識を備えた学生を医学部に受入れられればよいのですが、日本の教育制度では、医学部をめざして脇目もふらず受験勉強に集中して暗記とドリルをくり返し、試験対策＝勉強と誤解している学生、面接試験では試験対策で準備した答えをたとえ自分の意図と反していても躊躇無く言える学生が医学部に入学します。社会性や基本的な対人関係を高校までに身につけていない上に、試験対策が絶対的な価値を持つことを経験した学生です。そのような学生が、次は卒業して国家試験に合格できれば良いと考えれば、入学前の学習で培い役立った考え方、習慣を改めなくても卒業して医師免許を手にすることができるのが、今の日本の医学教育です。そのような状況でありまがらも、学生が、患者のため、社会のために行動し、いつ遭遇するかわからない疾患を診療するためにゴールのない勉強をし、自分とは異なる価値観を持っている患者に共感し、正直に対応し、困っている同僚を助け、誰に評価されなくても医療を担う責任感から生涯勉強し続ける人材を育成することを医学教育は目指しているのですが、それがいかに困難な要求であるか、お判りいただけるでしょうか。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">受験勉強を突破した学生は、だまっていても要領よく試験に合格する方法を実践します。医学部では入学直後から医学生としての考え方を共有し、様々な体験から医療者として期待されていることを実感し、自分で課題を見つけて自習する習慣をつけるように誘導し、アドバイズします。医学部教員は、医師になりたいという意志と適性をもった学生に、医師になる上で必要なことを何でも学習することを指導し、望ましい医師としてのあり方を臨床の場で示して学生の目標を明確にし、学生が経験しながら自ら気づいて学ぶように背中を押すような教育をしなければなりません。学生を指導する教員の態度も非常に重要になっており、後輩である医学生を暖かく、厳しく指導して、学生が学ぶことの重要性も面白さも感じながら医師らしく成長できるカリキュラムを作ります。これが現在の医学教育学の基本的考え方です。学生がそのような学び方を、非効率的で意味のないことと思うのであれば、まだまだ医学生として未熟です。学生が医学生として行動し、やがて研修医として行動できるように成長するためには、自立していく環境と時間がどうしても必要です。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">学生の多くは、早く臨床実習を受けたい、早く研修医になって責任ある立場で働きたいと考え、行動するのですが、実際の学生の様子には、まるで、医師になることを先延ばししたいかのような行動が見られます。依存的であった学生が自立することの怖さ、まだ学生でいたいという思いの現れと理解することもできます。医師になりたいと思わない学生をなんとか試験に合格させることはできても、良医にすることはできません。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">先に述べた教育・研修・資格試験の枠組みとは、本質的な医師養成へのチャレンジであり、具体的な方針、方策となっています。日本の医学部が「試験対策」を続けるのか、本質的な医師養成に取り組むことを尊重し、それを評価するのかが問われています。</span></p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Mon, 02 Jun 2014 08:05:26 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.21 オタワ会議</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/60-no21-.html</link>
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			<description><![CDATA[<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">オタワ会議とは、医学教育の分野における学習者評価（試験、成績判定など）を討議する国際学会で、2年毎に行なわれます。今回で16回目となり、久しぶりにオタワでプレカンファレンス2日間と3日間の学会として開催されました。開始された当初はOSCE（客観的臨床実技試験）をいかに導入、実施するかがホットなテーマだったのですが、現在では入試から臨床研修、生涯教育まで、臨床の実践の場の評価も含めて、様々な発表が行なわれます。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">最新の話題は、プロフェッショナリズムで求められている能力、資質、臨床の現場で発揮されるコンピテンシーの評価、そして、そのような能力、資質を獲得することのできる入学者の選抜方法などです。コンピテンシーを修得すべき能力とし、客観試験（多肢選択問題形式の国家試験など）とOSCEなどのシミュレーションによる試験を適切に実施し活用することに加え、それでは評価できない能力を指導者が現場で観察し、評価基準に従って定量的に判定するだけではなく、記述(narrative)でポートフォリオに記録していく評価が、正式な研修評価として導入されている国、領域もあります。医学教育における評価は多様化し、変化しています。多肢選択問題の試験の合否だけではなく、医療者に求められている能力を適切に豊かな情報で評価し向上に活用するための進化です。本質的な医療者の評価へのチャレンジです。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">評価が学習を促すといわれます。医師、医療者の持つべき臨床能力を医療現場での態度・行動で評価し、その結果を教育・研修に還元することができ、そしてその活動が質の高い教育として評価されるのであれば、医学教育に携わるものとして納得がいきますし、迷いがありません。試験対策という言葉とは縁の無い教育の実践です。</span></p>
<p><span style="font-family: arial, helvetica, sans-serif;">今回の国際学会に世界各国から2000人を超える参加者がありましたが、日本からの参加者は5名のみでした。私は鹿児島大学で現在実施している医学生の成長の過程に関する研究発表をさせていただきました。先進的な取り組みをしている海外の動向を理解し、日本で更に発展させなければいけないという思いを再認識した学会でした。</span></p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Wed, 07 May 2014 13:32:19 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.20 試験の絶対評価と相対評価</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/59-no18-.html</link>
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			<description><![CDATA[<p> 今年の医師国家試験が終了しました。医師国家試験は絶対評価か、相対評価か、ご存知ですか？</p>
<p>医学教育では評価は絶対評価（能力の有無で合否、成績をつける）を用いるべきとされています。医師に必要とされる能力を有したものに資格を与え、次の教育段階に進む能力を評価して卒業や進級判定を行なうという考え方です。能力がある学生は全員が合格することができますし、能力が伴わなければ、誰も合格できない場合も起こります。これに反し、相対評価は上位何名を合格にするという形式で、入学試験が相対評価のよい例です。日本の医師国家試験の合否判定は相対評価で行なわれていると言われており、毎年ほぼ一定数の合格者がでています。</p>
<p>日本の医学部卒業生が人数も能力も全く同じであるならば、一定数を合格にする相対評価で医師免許を与えたとしても毎年、ほぼ同じ能力の医師が生まれます。しかし、毎年、評価対象となる能力が変るならば、すなわち年度によって異なる出題傾向の問題で順位付けをされるならば、昨年合格した受験生が今年の試験であれば不合格となるかもしれません。現在のように少子化が進んでいながら医学部の定員が増加しているならば、毎年一定の合格者数が同じ医師の能力を保証するとは言えなくなります。医師という専門職の数をコントロールするために試験の合格者を決めることは望ましくないとも言われています。</p>
<p>相対評価の国家試験を受験する医学部学生は常に不安です。どんなに試験勉強をしても、周りがそれ以上に知識をつければ自分が落ちるかもしれません。臨床実習で技能や対人関係を学んでいる余裕が無くなることもうなづけます。もし、国家試験が絶対評価となり、必要な能力の有無で医師免許が取得できるようになったら、「医師に必要な幅広い能力の修得」「医師としての人間性の涵養」を目指す教育ができるようになると考える人は少なくありません。</p>
<p>一斉に行なう同一の試験で合格点を決めることこそが、最も正確な判定方法と誤解をするならば、今の試験を改善すべきという議論は生まれないでしょう。上位何名を合格者とするという相対評価の合否判定に試験の専門的知識は必要ありません。日本で絶対評価の試験が実施できないというのは、試験に関する知識も技術も社会の理解も遅れているためだとしたら、たいへん残念に思います。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Thu, 13 Feb 2014 13:29:55 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No. 19 新年</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/58-2014-01-06-03-15-49.html</link>
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			<description><![CDATA[<p>明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。</p>
<p>医学教育において今年は分野別認証評価の開始が大きな話題となります。認証評価はプログラム評価のひとつです。プログラムの評価はデータを計画的に収集し、基準と比較して報告し、判断するという一連の作業です。特に認証評価は教育の計画、運営、成果、改善過程にいたる包括的な医学教育の評価であり、評価を受ける義務を伴う総括的評価＝適合、不適合が判断されることから各医学部には慎重な準備が求められます。</p>
<p>数値目標のない評価基準を用いた判断をいかに行うのか、その判断を誰がするのかという評価組織に関する文書の公表が待たれます。しかし、教育の理念に基づいたカリキュラム構築や、求める教育の成果が共有されていないのが日本の現状です。認証評価の基礎となるべき期待される教育成果がコンピテンシーフレームワークとして明示されているわけではありません。臨床での実践能力やプロフェッショナリズムなどアウトカム（学習成果）基盤型教育の成果を評価する方法も未熟です。どのような状況で何を、どの程度学生ができるようになれば、十分な教育を行っていると判断されるのでしょうか。認証評価の必要性に対して疑問を挟む余地はありません。認証制度をきっかけに日本の医学教育がグローバル化されることは学生、社会にとって大きなメリットになります。医学教育を担当するひとりとして、優れた教育を高く評価し、より良い教育の後押しをする制度であるようにと期待します。</p>
<p>多くの医学部が認証評価に見合うカリキュラムへの改革を検討しています。高校生の人数が減少し、医学部定員が増えても、卒業生100％が医師として実践の場で活躍できる能力を備えているという社会からのニーズに応える教育は、タイムテーブルの作成だけでは実現しません。多くの人が関わることが要求され、また医学教育学を生かすことが必要となります。医学部教員にはこれまでと異なる教育能力が求められるでしょう。</p>
<p>鹿児島大学も新たなカリキュラムの検討に入ります。学生の声を生かし、特色ある教育の実現に向けて努力したいと考えております。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Mon, 06 Jan 2014 03:15:49 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.18 5周年</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/57-no16-5.html</link>
			<guid>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/57-no16-5.html</guid>
			<description><![CDATA[<p> 私が鹿児島に赴任し医歯学教育開発センターが稼働して5年となりました。これまで教職員、学生の多くのご支援をいただいてなんとかやってまいりました。心より感謝申し上げます。</p>
<p>医師を始めとする専門職は、実践の場「コミュニティ」で育成されると言われます。専門的な知識、技能をどのように活用して医師としての業務を遂行するのか、専門家とはどのような考え方をし、振る舞いをするのかを学ぶ場には、卓越した技能を発揮し、信頼される先輩がいます。その活躍、生活そのものをそばで見ながら、徐々に自分がその役割を担って専門家として行動できるようになる過程が人材育成です。正統的周辺参加、situated learningと言われ、医学教育においても重要性が強調されています。</p>
<p>教育を変えるということは、まさにこのコミュニティの常識、当たり前とされている実践とその指導方法を変えることを意味します。</p>
<p>新人は「黙って言われた通りのことをやる」⇒「自分の考えを述べる」</p>
<p>指導者は「できないことを叱責する」⇒「できたことを褒め、どのようにしたらできるようになるかを新人ひとりひとりと相談する」</p>
<p>それまで当たり前にやっている行動を変えるためには、まずは現状の教育に問題意識を持つことではないかと思います。学生や若い医師の学びたい気持ち、学ぶ喜び、できないジレンマ、自信と不安、希望と誇り、個性も全て理解しようとすると、どんなに良いと思われた教育も更に改善すべき点が見えてくるのではないでしょうか。教育という文化は多くの人と年月が作り上げたものですので変えることは容易いことではありませんが、良い教育をめざし続けようとする気持ちが学習者に伝わり、学習者が指導者となり、その「コミュニティ」に必ず変化が訪れます。5年経って、まだその変化を感じるまでには到っておりませんが、更に5年、10年経った時に学習者にとっての良い学びの文化が浸透していることを目指して、これからも地道に仕事を続けていきたいと思っております。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 14:16:07 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.17 良い試験の条件</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/55-no16-.html</link>
			<guid>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/55-no16-.html</guid>
			<description><![CDATA[<p> 日本の医学教育の認証評価の基準案（世界医学教育連盟の基準の日本語訳）が日本医学教育学会HPに公開されています。</p>
<p><a href="http://jsme.umin.ac.jp/ann/WFME-GS-JAPAN_v08.pdf">http://jsme.umin.ac.jp/ann/WFME-GS-JAPAN_v08.pdf</a></p>
<p>本日のテーマの試験に関して、この基準案では質的向上のための水準として、</p>
<p>「医科大学・医学部は評価法の信頼性と妥当性を評価し、明示すべきである。」</p>
<p>と提示されています。日本人にとって厄介なのは「信頼性」「妥当性」という単語がどのように定義付けられているかを知らなくても、わかったような気がしてしまうことかもしれません。試験の妥当性validityは多くの議論がありますが、試験の質を評価する上で最も重要なものとされており、何をどのように評価し、その手続きや判断、結果の利用が適正であり、教育に良い効果を与え、意義のある評価かどうかを、様々な手法で判定するものです。信頼性reliabilityは妥当性の一部とも言われており、試験実施後、データを用いて算出される指標です。</p>
<p>信頼性、妥当性という概念とそれをどのように試験に利用するかは、日本の医学教育ではまだまだ浸透していないのではないでしょうか。試験の良し悪しを評価する上で最も重要な妥当性に基づいた議論が乏しいことがそれを示しています。妥当性を議論するためには、測定すべき能力と必要な能力のレベルが教育プログラムとして、あるいは資格の要件として事前に明示されていることが求められます。臨床能力の評価では、professional authenticityやcase specificity、また評価のcontextと評価者の特性を考慮した議論が必要です。教育計画と実践の質が学生評価の質に大きく影響します。妥当性を高める上で必要な試験に関する情報公開（評価の目的、評価対象となる能力のレベル、評価基準等）が乏しいために、過去問に依存した学習しかしなくなります。</p>
<p>我々教員は、試験の得点がそのまま学生の能力であるかのような錯覚をしがちです。試験問題や出題形式が異なった時に同じ点数とはならないとしたら、点数は能力そのものではなく、誤差を含んだものであることが理解できます。評価すべき能力を測定できる試験を行い、その点数にどの程度の誤差が含まれているかを考慮して用いることが、適正な評価の要件とも言えます。そして、このような試験結果の適切な利用も、妥当性の一部です。</p>
<p>共用試験のような問題の難易度に基づくコンピュータプログラムによる採点と、医師国家試験のように全員が同じ試験問題を回答した素点と、どちらが良いのか。皆さんはどうお考えになるでしょうか。試験の解析が進んでいる米国がコンピュータによる医師資格試験を実施しているのは、日本人程正確な評価を求めないからというのは明らかに間違いです。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Mon, 17 Jun 2013 13:04:33 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.16 良い医学教育の条件</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/54-no16-.html</link>
			<guid>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/54-no16-.html</guid>
			<description><![CDATA[<p> しばらく間が空いてしまいました。医学部では共用試験、年度末の試験、入学試験があり、教員が最も忙しい時期です。教育の成果を実感し、新たな教育を計画する時期です。</p>
<p>日本の医学教育の質保証をめざす認証評価が活発に議論されています。近い将来、日本も欧米、韓国、台湾、その他の国と同様に、各医学部の教育の内容、運営、成果を「国家的組織」が評価する時代が来ます。この評価システムの目的は、医師とし働き始める卒業生が必要な能力を学んでいることを保証することです。学生が必要な学びができる環境を提供するためのシステム、そして患者さんから医師が信頼されるために必要な教育を監視するシステムと言ってもよいでしょう。</p>
<p>良い医学教育とはどのような教育でしょうか。</p>
<p>国家試験の合格率が高い→ペーパーテストである国家試験は医師の能力を全て評価していません。国家試験の勉強は、臨床実習など本来力を入れるべき教育を妨げていると言われています。</p>
<p>教員教員が手取り足取り丁寧に学生指導する→教員の指示通りに学習し、指摘されたことを暗記する学習では、求められる問題解決力は備わりません。卒業後、医師は業務を日々行いながら、一人で直面した問題を解決し、新たな知識や技能を習得し続ける生涯学習者であることを求められます。教員が全てを教える教育では、何をどうやっていつ学習するかが自分で判断できる自律した学生には育ちません。</p>
<p>シミュレータが充実した教育設備がある→シミュレータを用いた実習は学ぶ過程で非常に重要です。学生はシミュレータで技能を練習して「できる」ようになって初めて、患者さんでの診療を行います。患者さんの診療を行わないシミュレータの実習だけでは、教育はまだ途中です。</p>
<p>「偉い」先生が指導にあたる→学生は教員を自分の将来のモデルとして学びます。尊敬する医師が教員として学生指導にあたることはたいへん重要です。その一方で、学生に必要なのは「手の届く目標」であり、実践して学ぶ臨床実習です。「学生にはまだ早い」「学生はできなくて当然」と言われる教育では、学生は学べません。</p>
<p>これまでこのブログでも教育の評価に関する話題を取り上げてきましたが、必要条件を上げることはできても、十分だということは極めて難しいものです。良い教育かどうかを決めるのは、医学部の教員ではないでしょう。学んでいる学生であり、医師として働いている卒業生であり、それらの学生、卒業生と仕事をする先輩医師や看護師など医療チームのメンバーであり、患者さんです。いくら医学部教員が「これでいい」と言っても、もし、学生や患者さんが不満をもっていれば、まだまだ改善の余地があるのです。謙虚に学生、医療者、患者さんの声に耳を傾けて反省する姿勢を持っている教員がいる大学は、良い医学教育を行っているに違いありません。</p>
<p>卒業後何年も経ってから、大学で学んだことが苦しい医療の現場で役に立つと感じてもらえるような教育は、どのようにしたら評価できるでしょうか。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Sat, 23 Feb 2013 10:07:45 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.15 医学生の学習のモチベーション (2) 条件</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/51-no14-2-.html</link>
			<guid>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/51-no14-2-.html</guid>
			<description><![CDATA[<p> 医学生が医学に興味を持ち、また医師になりたいと思う限り、内的な動悸付けがあるのですから、学習のモチベーションを維持することは可能です。それでも、学習への興味が低下している学生がいるならば、学生をとりまく環境が原因と言わざるを得ないでしょう。</p>
<p>学生のモチベーションはどのような時に上がり、また下がるのでしょうか。</p>
<p>医学生のモチベーションを高めるには</p>
<p>1.　楽しいこと：講義であれ実習であれ、楽しい学習であることが必要です。まず内容が理解でき、学生の興味をかき立て、新たな発見と感じる時、学びは楽しくなります。ジョークが飛び交う授業ということではありませんが、学生が楽しいと感じられる授業は、和やかな雰囲気で進んでいるはずです。</p>
<p>2.　自分にとって役に立つと実感できること：こうありたいと思う自分に近づくための学習であると感じられた時、モチベーションが高まります。意義もわからないまま暗記をすることに意欲を燃やす人は稀ですし、その学習は長続きしないでしょう。医学生には臨床の話、患者さんの話は興味を引くものであり、しかもそれが近い将来の自分に必要な知識であり、役立つ技能であると理解できた時に修得したいと思います。</p>
<p>3.　達成できること：人は誰でも成功者でありたいと考えます。学習もそれが達成できると思えるからこそ、モチベーションが上がるのです。達成できる目標に向かって学習して良い成果をあげることが、更に次の学習につながっていくでしょう。</p>
<p>4.　自分の意志で学習をコントロールできること：学びたい対象も最適な学習方法も学生ひとりひとり異なります。なぜそれを学ぶのか、なぜその方法で学ぶのか納得できなければ学べません。教員に言われたことを何の疑問も持たずに行う学生は、まだまだ未熟な学習者です。自律した学習者であるからこそ、人はどのような環境にあっても学び続けます。学生の意志・選択を尊重した学習を支援する教員が、学生のモチベーションを高めます。</p>
<p>この文章を書きながら、果たして私の授業はどうか考えました。反省すべき点があることは確かです。良い学習を考えるあまりに教員主導の授業になってしまうと、実は学生のモチベーションが下がることを忘れずに、また次の教育を行っていきたいと思います。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Thu, 25 Oct 2012 14:02:38 +0000</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>No.14 医学生の学習のモチベーション (1) 内的な動機付け</title>
			<link>http://www.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~medieduc/diary/50-no14-1-.html</link>
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			<description><![CDATA[<p> 最近、学生の学習のモチベーションが医学科でも大学でも、また国際学会でも話題になっておりました。学習者（学生など）の学習に対するモチベーションは教育活動の基盤であり、個人の学びに着目する成人教育学では重要な要素として議論されています。学生の意欲が低下していると教員が評価するならば、その原因を探り、解決を図らなければなりません。</p>
<p>学習に対するモチベーションはどのような時に高まるでしょうか。入学試験前学生は長い時間を割いて勉強します。試験に合格するための学習は、外的なニーズによる動機付けと考え、「もっと知りたい」「それができるようになりたい」という内的なニーズによる学習と区別します。教員が「これが試験に出るから覚えておくように」「国家試験の合格をめざしなさい」と言えば言う程、学生の内的なニーズから教育が乖離していきます。試験対策が重要な学習になり、学ぶことよりも（できれば楽をして）試験で良い点数をとる学習習慣を学生に促すことになります。当然のことながら、試験にでないことは学ぶ価値のないこととなり、試験が終われば記憶したことは忘れます。</p>
<p>質の高い学習につながる動機は間違いなく内的なニーズによるものです。知識を得て新しい世界を発見することの喜びは、もっと学びたいという意欲をかき立てます。目の前の学習が、なりたい自分（医学生であればめざす医師）に直結していると認識した時、試験に出るか出ないかに関わらず、理解したい、修得したいと思うのです。医学生が興味ある学習を行った時に、良い意味で期待を裏切るすばらしい学習成果をあげることを知っている教員も多いでしょう。臨床実習が始まった学生が真剣な表情で病棟に向かう姿も目にします。学生は試験のためだけに学ぶものと教員が考えているとしたら、それは大きな誤解ではないでしょうか。学生ひとりひとりの内的な学習のニーズが、能動的で自主的な学習を生み、学生はより広くより深く学び、そこで得た知識は長く残ることが期待され、新たな学習へとつながっていきます。</p>
<p>内的なニーズは学生個人の持つ状況により生み出されるものですが、教員が学生の内的なニーズを引き出すような関わりをすることが必要とされる場面も、医学教育では非常に多いでしょう。基礎医学を学ぶ時、膨大に感じられる「覚えなければいけない事実」が、近い将来の自分に役立つ知識であり、自分にとって意義があると認識することは、まだ臨床を知らない学生だからこそ難しいのです。医学教育に早期体験学習や臨床症例を用いた問題基盤型教育が取り入れられた理由には、学生のモチベーションを高め、主体的な学習を促すと期待されたこともあげられます。医師を目指している学生のモチベーションを高めることは教育の計画を工夫することで可能であり、教員はそのための教育技能にも関心を持っていただければと思うのです。</p>]]></description>
			<author>kyoikujm@m3.kufm.kagoshima-u.ac.jp (田川　まさみ)</author>
			<category>教員日誌・医歯学だより</category>
			<pubDate>Wed, 03 Oct 2012 11:49:07 +0000</pubDate>
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